こんにちは。今日で10月も終わりですね。空気もひんやりしてきて秋も深まってきた感じがします。
さて、今日は日経から、ではなくスポーツ報知から。
大仁田厚「俺は死ぬまでプロレスラー」宣言も「もう戻り道はないと思います」…引退試合後、全コメント
プロレス好きの方はご存知かもしれませんが、プロレスラーで元政治家でタレントで俳優の大仁田厚が還暦を迎え、7度目!の引退をしたという記事です。
ちなみに私は、プロレスファンでも大仁田厚ファンでもありませんが、大仁田厚自体は「ファイヤー!」とか大河ドラマ「秀吉」で蜂須賀小六役をやっていたのを見たり、で知っていました。
なぜ大仁田厚を記事として書いたかというと、10月に1か月にわたって、スポーツ報知で「大仁田厚ヒストリー」と題して彼の歴史を毎日1記事シリーズで振り返る特集記事を偶然発見して読み進めて興味を持ったのがきっかけです。
【大仁田厚ヒストリー〈1〉】忘れられない少年時代の“赤紙”体験
そこで読み進めた彼に対する感想は、起業家であり、エンターテイナーだなと。最初はジャイアント馬場に師事し全日本プロレスに入団し最初の引退をした後、自身の団体であるFMWを旗揚げし、彼の代名詞である「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」で一気にブレーク。1994年には縫合個所「1000針突破記念パーティー」も開催しています(笑)。
他にも他団体への参戦や大物レスラーとの対戦、引退を復帰を繰り返す合間に俳優や政治家もやったりと、従来のレスラー界の常識では「邪道」な道を歩んだのかもしれませんが、多彩な才能の持ち主であると感じました。
特に彼は自身をPRすることに長けていると思いましたが、それも高校を中退した後、日本一周徒歩旅行を計画し、出発の際に地元マスコミを呼びその様子が新聞に載った、ということですから、少年時代からその才能があったということでPRのセンスは抜群だと思います。
私もサムライ業の端くれとして、彼のように、、とまではなかなか難しいとは思いますが自身のキャラの作り方、PRの仕方など、その考え方には学ぶべきものがあると思いました。